人里の森と谷


by 1950hiro

<   2009年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

青葉まつり

H21.5.24 雨
東北地方もようやく初夏を迎える頃、杜の都仙台市
今日はあいにくの雨模様、自宅マンションに仙台市内での祭り開催の空砲が鳴り響く!
青葉祭りの始まりだ!
早速、カメラを片手に仙台駅まで自転車で10分、JR仙台駅2階広場では大勢の観光客に囲まれすずめ踊りが披露されていた。
雨天のため定禅寺通りの時代絵巻巡行が中止となり、アーケード街ですずめ踊りが披露された。
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それでも法被姿で両手に扇子を持った踊り子が笛や太鼓に合わせて「そーれ、それ」と楽しそうに舞い踊り観光客を迎えていた。
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仙台青葉祭りは江戸時代初期1655年に行われていた仙台東照宮のまつりがで、石工たちの即興踊りが起源起源とされるすずめ踊り、1985年に復活し今年で25回目を迎えた。
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毎年9月17日に仙台藩最大のお祭りとして行われた「仙台祭り」で山鉾が仙台城下を練り歩いたそうです。
3年前の定禅寺通り、山鉾巡行は桟敷席もありいつもはにぎやか!
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明治7年には伊達政宗を祀ってできた青葉神社で、政宗公の命日である5月24日に行う祭礼が青葉祭りと呼ばれ盛んに行われたそうです。
例年、五月晴れの日には定禅寺通りの木漏れ日のなかで行われる
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5月24日の前の土、日曜日に仙台三大祭の一つとしてすっかり市民のあいだに定着している
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鼻に白のたて化粧をし雀に見立てて踊りを楽しんでいる
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老若男女春の陽気に踊る人も観るひとも楽しいひとときでした。
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by 1950hiro | 2009-06-17 01:27
H21.5.16 曇り
山形県のほぼ中央、寒河江市(さがえし)長岡山、東北一の規模を誇る寒河江公園ツツジ園、小高い山頂からの眺望は市街地を眼下に蔵王・奥羽の山々を見渡せる
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展望台足元の段ツツジ
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5月中旬に色とりどりの公園内ツツジ9種類、四万株が植えられている。
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公園中央の藤棚がみごとだった
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週末の土曜日あいにくの曇り空だったが咲き誇るツツジを楽しむ人が次々訪れていた
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名札は無かったが、おおむらさきツツジ(紫)、レンゲツツジ(白)、黄レンゲツツジ(黄)、紅霧島ツツジ(赤)、日の出ツツジ(赤)、霧島ツツジ(桃)、琉球ツツジ(白)、久留米ツツジ(朱)、山ツツジ(白)の9種類
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by 1950hiro | 2009-06-16 00:26

金沢・金沢城、兼六園

H21.5.3 曇り
前田利家と金沢城
ここ金沢は24歳頃に訪れて以来30数年ぶりですっかり整備されている。大河ドラマの加賀100万石の城下町、前田利家に思いを馳せる。
金沢城は天文15年(1546)金沢御堂より始まり、加賀一向一揆の拠点として城内に創設された。
本山である本願寺から僧侶が下向し寺内町が形成される。
寺内町に金沢の多くの人が集まり、北陸門徒の信仰の中心地となり、経済的にも政治的にも本願寺を支える一大勢力となった。
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天正年間に入ると本願寺と一向一揆は全国的各地で織田信長の軍勢と戦いが繰り広げられた。
信長の命を受けた柴田勝家が金沢に進攻し、1580年勝家とその甥、佐久間盛政によって占領され金沢は最初の城主となった。
天正10年(1582)本能寺の変で信長は没し、その後の覇権をかけた柴田勝家と羽柴秀吉の争いは翌賤ヶ岳の戦いで秀吉の勝利に終わり、秀吉に服属した前田利家が石川・河北の加賀二郡を与えられ能登七尾から金沢城に入る。
利家は大がかりな城の整備に取りかかり、天守閣の創建や本丸周辺の石垣構築、大手口の付け替えなど城の根幹に関わる工事を行った。
利家によって整備が始められた金沢城は、本丸を中心に、東丸、二の丸あたりが城域となり、三の丸や二の丸御数寄屋、新丸などは重臣の屋敷が配置されていた。
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慶長7年(1602)10月晦日の落雷で天守閣が炎上消失し利家時代の象徴がなくなった。
その後、現在に至るまで天守閣が再建されることはなく、本丸には物見を兼ねた三階櫓と本丸御殿が建てられた。
寛永8年(1631)の火災でも金沢城は被災し、翌年辰巳用水が整備され、城の機能の中心が本丸から二の丸に移された。二の丸御殿は元禄年間(17世紀終わり頃)千畳敷と言われるほど広大な建物となり、加賀藩の中央政府として重要な位置をしめるほどになった。
宝暦9年(1759)の火災で城内はごく一部を除いて全焼し、三階櫓、本丸御殿、二の丸御殿はすべて消失した。その後の復興では特に実用性に主眼がおかれすべての機能が二の丸に集約された。
さらに文化5年(1808)の二回大きな火災を受けその都度再建され、明治期まで存続した。
平成13年菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓は文化6年(1806)に再建された形に復元された。
度重なる火災に何度も遭遇し今の金沢城菱櫓などの復元があることがわかった。
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金沢城址に隣接する兼六園
入口の桂坂口は連休とあわせたくさんの人が訪れていた。30数年ぶりの感動!
霞が池の徽軫灯篭(ことじとうろう)、形が琴の絃を支える駒(琴柱)に似ているところからついている。
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霞が池は天保8年(1837)に掘りひろげられ広さは5800平方メートル。
島は蓬莱島(ほうらいとう)不老長寿を表わし亀の甲の形をしているので別名、亀甲島(きっこうとう)と言う。右端の岩が亀の頭だ!
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兼六園菊桜
開花期は4月中旬から5月中旬ごろで、花の色は濃い紅から薄紅、落下が近くなると、ほとんど白に近い色に変わる。
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一つの桜に花弁が300枚を超え、ちょうど菊の花のように咲き、落下の時は花柄ごと落ちる。
この時期だけに見られる桜とあって思わず感動しました。
昭和3年(1982)天然記念物に指定された初代兼六園桜は昭和45年に枯死している。
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霞が池の左は内橋亭
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金沢から自宅まで約350km走破無事帰省
仙台から弘前、鯵ヶ沢を経由し五能線を日本海海岸線沿いに南下し1600km、5日間の長距離ドライブでした。5月6日は仙台までの950kmを無事走破した。
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by 1950hiro | 2009-06-10 23:28
H21.5.2 晴れ
山形県酒田市から南へ約18km鶴岡市、今朝のホテル華夕美日本海・九階客室からは防風林越しに湯野浜温泉街と日本海が見える
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新潟県・笹川流れまで約60km国道7号線、345号線を羽越本線と並走し日本海海岸線沿いに南下
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青い海と砂浜の海岸線が続く、車は少なく快適に走る
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新潟県・名勝天然記念物笹川流れ(狐崎~鳥越山)約11kmの海岸線を奇岩・岩松・白砂の海岸線がみごと
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眼鏡岩でひと休憩
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新潟県胎内市チューリップフェステバルの看板を見つけての寄り道
総面積4ヘクタールの畑の半分に菜の花、もう半分に約80万本のチューリップが植えられている
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チューリップは2年続けて同じ場所に植えることが出来ないため毎年場所を入れ替え植えられている
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チューリップと言えば富山が有名、栃波市のフェステバルが有名だが、新潟県中条I・C近くの胎内市
はチューリップ球根生産量が日本一だとか。富山は販売量で日本一の違いがあるそうです。
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栽培農家のチューリップのため持帰り厳禁
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球根生産のため花が散る前に花は摘み取られる
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上空から見る菜の花畑は迷路作りになっていた
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チューリップの栽培方法、球根の注文はhttp://www.moois.jp/index.htm/で紹介されています
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中条I/Cから日本海東北道を上越市まで165km大河ドラマ天地人、上杉謙信、直江兼続ゆかりの地・林泉寺、春日山城址に立寄り
林泉寺、約15年前に訪れてからの2度目の訪問、整備されて駐車場も綺麗になっていた。
境内は400年を経た今も少年謙信の息づかいが聞こえそうな雰囲気が伝わって来る。
惣門、林泉寺の入口
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上杉謙信は7世益翁宗謙大和尚に「第一義」の真意を学び、山号「春日山」、「第一義」の大額を揮毫し寄進した。直筆は宝物館に展示され複製は山門に掲げられていた
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林泉寺 明応6年(1497)、越後国守護代長尾能景(よしかげ)が亡父重景(しげかげ)の17回忌にあたり、長尾家の菩提所として創建された。開山は曇英恵応禅師。
それから40年後、能景の孫上杉謙信は天室光育大和尚に学問をまなび、さらに7世益翁宗謙大和尚について禅のおしえを学び7歳から14歳まで文武の修行を積み悟りをひらいた。
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林泉寺を後にして坂を登ればもう春日山城址
パンフを片手に大河ドラマ天地人の武将たちが駆け抜けた場所を訪ね歩く
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三の丸、二の丸を経由して天守台、本丸まで登頂すると上越市内が一望できる
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本丸直下に護摩堂と毘沙門堂が残っている。謙信公が出陣前に必ず戦勝を祈願したところ
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その直下には愛する民のために「愛」を掲げた直江謙続の屋敷跡、知勇兼備の武将として名を馳せた。
非凡な才能を上杉景勝の母仙洞院に」推挙され5歳から景勝に仕えた幼少与六、若干21歳で上杉家一の知将の地位を不動にした。
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山道の木陰に咲く、うす紫色のシャガ花が初夏を告げる
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金沢までの450kmの一日の移動でした。
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by 1950hiro | 2009-06-09 01:49

鳥海山・酒田市

H21.5.1 快晴 12℃
秋田市から酒田街道・国道7号線を日本海沿いに南下、にかほ市郊外の仁賀保高原に至る。
高原頂上の休憩展望所、ガラス張りのため360度の展望が心地よい
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鳥海山北麓に広がる標高500mの高原、緑の牧草と白亜の風車が対照的。後方は鳥海山2236m
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風力発電機1基1650kWが15基並んでいる。高さ60mナセルの上に取りつけられた風向風速計で風の強さと方向を検出して自動運転している。日本のなかでも大きな風力発電所だ!
年間発電電力量は約5,100万kWh(一般家庭約1万5千世帯の電力消費量)を発電している。
総工費約は50億円、平成13年12月全15基が運転を開始している
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風車の羽根は風を切り、風になびいて風車はゆっくり廻っている。
点検修理はこのナセルの中の垂直はしごを60mも登らねばならないと作業できない。
職業上大変だとすぐ想像する。突風による倒壊や羽根の破損もある。
マイナスイオンと景観にバンザイ!
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風がある風速よりも強くなると風力発電機は運転を開始(約4m/s)する。
風がさらに強くなり定格風速以上になると風力発電機は定格出力一杯(約17m/s)で運転される。
台風など風が強くなり過ぎる時(約25m/s)は運転を止めている。
風力発電機は風向計で風の向きを検知して常に風が吹いている方向に自動的に風車を向ける。これをヨー制御と呼んでいる。
風の強さは常に変動するので定格風速よりも強い時は発電機の定格を超えるエネルギーを逃がすように運転する必要がある。
このような運転をするため、風車の翼の取りつけ角度を風車によって変化させ運転するようにしている。これをピッチ制御と呼んでいる。
停止中の発電機は風車の翼が風に向かって直角になっている
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全長35kmの山岳観光道路。鳥海ブルーラインも5月連休に入り開通している
標高1000mの鳥海山五合目、那曾渓谷からの山頂展望、
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鉾立展望台から337mの渓谷を見下ろす
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雪解けの鳥海ブルーラインを五合目から走り抜ける
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山形県の遊佐町・道の駅で小休憩
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売店で見つけたもうひとつの鳥海山
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酒田市の庄内地区、”おくりびと”ロケ地、NKエージェント(日和山公園横)
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一躍有名になったたNKエージェントは5月の連休までに室内整備され一般開放されていた
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主人公大悟がアベマリアを引いたチェロ、NKエージェント1階
滝田洋二郎監督は名峰・鳥海山を背景に美しい自然の四季のうつろいとともに叙情的に描き出している。
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山居倉庫、最上川の最終点、江戸時代栄華を極めた湊町、米の船積み町として京・大阪と直結し豪商たちが西回りの千石船で上方文化をもたらし、独自の文化をつくりあげている。
当時上杉領だった庄内の支配は直江兼続に任されていた。
風流を競い合い華やかな茶屋文化や料亭文化もそのひとつとなった。
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日和山公園の千石船(日和丸)実物の1/2模型
出羽の国の幕府米を江戸に回漕するために活躍した。この海航船を北前船又は弁才船と呼んだが、米を千石(150トン)積めるという意味で荒波にたえるためドングリ型になっている。
西廻り航路八百里の荒波を往来した千石船などが、毎日数多く入港しにぎわいをきわめた。
日本海に沈む夕陽、秀峰鳥海山、日本三大急流の最上川、景勝を誇る酒田には芭蕉をはじめ多くの文人墨客が足をとどめすぐれた文芸作品を残している。
日和山公園は整備され来遊文化人の文学を建立し「文学の散歩道」が作られている
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鉄道などの内陸交通が発達し時代が移り変わるとともに、酒田湊のにぎわい花柳界のにぎわいも次第に影をひそめ豪商の屋敷、旧料亭の建物は一般公開により今に引き継いがれている。
また庄内地区は藤沢周平文学の原風景であり映画のロケ地も訪ねることができる。
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船積み前の米俵を保管していた倉庫が立ち並ぶ。
酒田市には今から1100年前の平安時代・出羽の国府がおかれ現在の山形秋田両県の政治、経済、文化の中心であった。
室町時代すでに酒田港には36人衆の豪商たちが海船を諸国に走らせ早くから京都文化を受入れていた。特に寛文12年(1672)河村瑞賢が幕府の命により西廻り航路を開発してから日本海有数の港として繁栄した。
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裏の山居倉庫、吉永小百合さんのポスター通りにポーズを決めて含み笑い
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by 1950hiro | 2009-06-05 02:33
H21.4.30 快晴 12℃
岩木山北部県道31号線能代道を通り深浦町に入る。
津軽西海岸、五能線沿いに秋田市に向けて南下、快晴で風もなく穏やかなドライブ
海岸線に出て眺めのいい海岸線沿い、千畳敷でひと休憩
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何処までも続く西海岸、JR五能線綺麗な特急列車も見所はスピードを落として走行していた
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白神山地の北西山麓、日本海から2km入る大小33個の小沼湖とぶな林、
秋田県境に近い津軽国定公園内の十二湖へ
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約300年前の地震による山崩れでできた山中小沼群。
大崩から眺めると12湖の湖沼が見えるところから名付けられた。
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ぶな林の木陰に大きなシダが映えている
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晩秋のぶな林は落葉し腐葉土となり、降る雨は山中の貯水ダムとなってその栄養分が地下水とともにゆっくり流れる。生態系を潤すぶな林はとても貴重だ
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神秘の青池までの歩道から湖面は変化の色を見せてくれる
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新緑と湖、春の陽気が気持ちよい
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大小湖の一番奥に青池がある
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コバルトブルーの湖面が美しい青池、景観に配慮したウッドデッキから眺められる。
カメラマンがつぎつぎ交代でやって来る
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青池の青さは学術的にもまだ解っていないようだ!
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青池面積975平方メートル、深度9.0mさほど大きくはない
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湖底に沈んだ倒木と泳ぐ魚も透き通って見えるが青さがどこから来ているのか不思議だ
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会話する人もなくシャッター音のみ、湖面の青さにしばらく見入ってしました。
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能代海岸道路を南下して八郎潟に入る
大潟村の東西横断道路を約15km碁盤目状に整備された直線道路が続く。
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途中十字路で停車、埋め立て農地がでかい道路も農道も畦道も用水路も桁違いだ!
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八郎潟はかつて日本第二の面積220キロ平方メートルを誇る湖だった
大部分の水域が干拓されて陸地化され大潟村となっている。米どころだ!
面積27.7キロ平方メートル、周囲長35km、最大水深12m
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大潟村の中央にリゾートホテルがある菜の花畑で休憩
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夕暮れも近くの男鹿半島、大潟村を抜けるとすぐ寒風山が見える。
アスピーテ火山で標高355mさほど高い山でないが山全体が芝生に覆われているため眺めが美しい
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寒風山の土産店、なまはげズックがずらり並んでいる
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秋田市内への道の駅、特大サイズのなまはげ像が建っている
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by 1950hiro | 2009-06-04 00:55

岩木山とりんご畑

H21.4.29
4月29日午後快晴の岩木山山麓と津軽平野はどこまでもりんご園がつづく
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岩木山八合目までの道路わき残雪
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八合目駐車場より山頂をバックに、八合目1247m、山頂1625m
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H17.8の夏山登山、山頂風景
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車を降りてりんご農家の広さを実感する
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5月初旬から木々に新芽と花が咲く、花も赤い、りんごの花だ!
花が咲くとりんご農家は花のめしべに、おしべの花粉をつけてゆく、大変手間のかかる作業で最近はマメコバチに受粉させることが多いいとか!
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5月下旬~6月中旬、花が終わると一枝の実は育ちの悪いもはを摘み取られ1個にする
りんごの木が低木にしてあるとはいえ農家の人は高い脚立を使い上り下りの手作業で足場も傾斜面もあり大変な作業だ!
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6月20日頃から1ヶ月きれいな色がつくように実に袋掛けが行われる
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9月20日頃より10日間果実に十分日光が当たるように周囲の葉を取り除く
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9月初旬~10月末まで2ヶ月間日光が当たるようにりんごを回して色がよく付くようにする。地面に銀マットを敷き日光を反射しているところもある。
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8月初旬~11月下旬に品種による収穫が行われる
一年間農家が肥料と薬を使い愛情と手間をかけて収穫されるが、りんごが実る頃の台風やヒョウ被害で落下したり傷が付くと味は変わらなくても買い手が付かなくなる。被害りんごの影響は健全なりんご値段まで左右する。
今年は売れ残ったりんごが3月下旬に約35万トン廃棄処分されたニュースが流れていた。
昨年りんご農協の売り場を訪ねて実家や会社に発送したが、試食の蜜りんごがおいしかった。
職員の方々も是非とお土産まで頂き次回のお願いもうけました。
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by 1950hiro | 2009-06-03 00:27

弘前公園桜

H21.4.29 気温2℃
弘前公園の桜開花も暖冬と気温の変化で今年は18日と早かった。
29日まで風と雨がなかったので花は持ちこたえてくれていた。
仙台を早朝5:00出発し弘前公園前の市役所駐車場に8:30到着した。
まだ早朝のため人出はまばら、5月の連休は毎年200万人が訪れるため昼ごろには交通渋滞で駐車場探しが大変となる。
今朝は特に冷え込んでいたため春がすみの空が一転し、雲一つない青空の花見となった。
早速、弘前公園外堀の桜もまだ満開、散りはじめの花が水面に浮き朝日をあびてきれいでした。
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楽しみにしていたはじめての弘前公園、冬服をはおり胸を膨らませています。
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重要文化財三の丸、追手門が目の前です
1611年二代藩主 津軽信板の建造、城内面積約49万2千平方メートル(約14万九千坪)
本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の六郭からなり三重の濠と土塁でめぐらされている
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追手門手前の堀、見事なさくらです.
弘前公園の桜約2700本、樹齢50~80年が多いい
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二の丸、辰巳櫓を望む
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南内門手前の杉の大橋で
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南内門をくぐり下乗橋に通ずる内堀の桜かなりの古木
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内堀に架かる下乗橋から本丸天主を望む、撮影ポイントのため混雑時は撮影もままならない
この時すぐそばに香山美子さんと小林綾子さんがBSジャパン、春の東北を旅をするで訪問中でした。
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弘前枝垂れ(シダレザクラ)幹廻り307cm、樹高約5.4m、植栽大正3年(1914年)
天主横より内堀に枝垂れている
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連休中は天主の一般公開があり早速天主まで登る。本丸広場の桜を眼下に岩木山が青空に映え格別の眺めを満喫しました。
桜の季節には何度も来ているがこれほどの青空は初めてだ。気温の低い日に感謝。
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9:00頃の登閣のため待たずに登れたが昼過ぎの人は長蛇列待ちのためあきらめた人が多いいと聞いた
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本丸広場のシダレザクラと岩木山
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弘前公園一番の見どころ、春陽橋から桜トンネル(左)と西濠の水面
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反対側西濠端からの眺め
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桜トンネルからの眺め
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池をボートに占領されたオシドリのつがいは人通りの少ない土手草場で新芽を食べている
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午後1:00外堀に出たときは桜吹雪で濠水面は花で一杯だった
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夜桜も堪能
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by 1950hiro | 2009-06-01 23:41